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哲学を伴侶として生きる。(今の時点では)

人を好きだと思う回路と、ともに生きる伴侶にしたいと思う回路は、どうやら別物らしい、ということを考えついた。

好きな人ができて、その人に好かれる自分を演じることをした。それがしんどくて、しかもそれが相手に受け入れられなかった。

人を好きになると、相手を思ったり、近づいたりすると、ドキドキして、『かわいい』ボットと化す。それ以外の思考ができなくなる。つまり、脳内麻薬がドバーッと出て、自分の考える力が乗っ取られるような感じになるのだ。当時の自分は、それが気持ちいいことで、そのような場面を積極的に求めるような行動をとっていたのだけれど、今の自分は、それがひどく怖いと思うようになったので、意識して距離を取るようになった。精神的にも、物理的にも。

自分の考える力が乗っ取られることに恐怖感を覚えるようになれたのは、考えられる自分を失いたくなかったからだ。他者に自分の感じ方すらも委ねていたあの頃。どうすればよいか、それを聞くと、ある特定の人々は、マウンティングをかけてきて、上からの目線で、どうしようもないあなたをカイゼンするためにはこうしようと、自分のコントロール下に置こうと支配しようとしてきた。

そういうのに対して、表面ではニコニコと迎合するような態度をとっていたのだけれど、感じ方としては、ずっとおかしいと思っていて、なぜおかしいのかを考え続けていた。その姿勢によって、自分が今生きている。その姿勢がなければ、自分はある時点で、自殺していたと思う。哲学は大事だ。