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コンビニ人間を読んで

コンビニ人間を読んで、そのあとで、無料配信されている、ラブレターを読んだ。

ラブレターの方では、コンビニとのセックスが描かれていて、僕は、コンビニとのセックスについて、よくわからなくなって、自分の中でのセックスの定義が揺らいだので、セックスとは何か、考えている。

今まで僕は、セックスとは、男女が互いの性器をぴったりと重ねあわせてこすりつけ合う行為だと思っていたのだけれど、それは性交であり、セックスとは違うのかなと考えるようになった。

セックスとは、感情を深く互いに通わせる行為として使用してもよい言葉なのだ。

つまり、セックスするのに、性器は必ずしも必要ない。

性交としてのセックスには、感情は必ずしも必要としない場面はある。

しかし、そのようなセックスは、かなり味気ないものになるし、行為したあとの虚無感といったらない。

だから、僕は、深い感情の交換としてのセックスをしたいと思うのだ。

この作品の筆者は、その対象が、たまたま人間ではなかったにすぎない。

人間として生きるのに、感情を交換する相手が、必ずしも人間である必要はない。

人間として生きているということの意味は、自分はこのように考え、このように行動する、というような、自分の人生を自分で決めていくような態度だ。

そんなことを、コンビニ人間と、コンビニへのラブレターを読んで、考えた。